次回コンサートに行かれる時には、ステージ上の機器と、ミキシング・ボードをつなぐケーブルに注目してほしい。1本もしくは数本の太い蛇のようなケーブルが這っているだろう。何本かのワイヤーを束ねたもので、各ワイヤーはステージから、あるいはステージへ、それぞれ異なるアナログの音声データを運んでいる。重い? かさ張る? 電磁波の放射? 環境雑音からの影響が心配? その通り。これらの問題が従来のアナログ接続方法を難しくしていた。このような原始的な手法が多くのレコーディング・スタジオや、オーディオ設備のある教会や事務所、学校のホール等でいまだに使用されているのはなぜだろうか。
業務用、産業用、プロ向けのオーディオ業界の進歩はカタツムリのようにゆっくりしたものだ。機器類は手荒く扱っても壊れないように設計されており、新しい機器を購入する予算は無いに等しい。機器の買い替えやアップグレードの機会はごく稀である。そして、このような機会がめぐってきても、ユーザーが伝送方式の互換性がない製品に手を伸ばすことは少ない。売る側は、単独メーカーの一連の製品にユーザーをしばりつけようする。アナログからデジタルへの転換が進行中であるが、市場のリーダーシップを握るメーカーによるデファクトスタンダードの構築も依然進んでおり、選択肢の幅は狭まっていく一方である(Brianのブログhttp://www.edn.com/briansbrainのなかの“Audio over CAT5:Proprietary alternatives and standardization efforts”を参照されたい)。 より幅広い選択肢を、という思想は、インターネット配信の音楽を聴くリスナーや、サーバーに蓄積されている音楽ライブラリーを家庭やオフィスにLAN経由で音楽データを配信している業者を困らせる状況を招きかねない。従来から日常的に使用されている、安価なCAT5(カテゴリー5)ケーブルによるTCP/IPベースのイーサネットや、ケーブル接続が必要ないWiFi(Wireless Fidelity)は、100mあるいはそれ以上の距離の伝送を保証しており、これで十分と言えないのだろうか(囲み記事『ケーブルの選択肢』を参照)。技術がどんどん進歩している段階においては、こういう状況が起こることが確かにある。しかし、この時間に対して鈍感な大容量ファイル転送方式が、要求の厳しいオーディオ環境に最適といえないのも事実である。
LANやWANに接続されたオーディオ受信機の再生ボタンを押すと、ローカルなバッファ・メモリーにデータを蓄えるために数秒の遅延がある。バッファは、プロトコル・オーバヘッドや避けようのないパケット経路遅延を補償するためにある。これがないと異常パケット受信が起こり、さらにひどいネットワークの回線混雑や、データ衝突、パケット損失を招いた結果、再送信やエラーへの対応が必要となってしまう。家庭用ネットワークの多くは負荷が低い。そしてビデオ・ストリーミングの普及に向けて急速に変化している状況である。しかし、業務用、産業用、プロ向けのネットワークでは状況は全く異なる。特に、マルチチャンネル、高分解能のオーディオ・データを制御データや一般的データ通信とともに扱う場合はなおさらである(Brianのブログhttp://www.edn.com/briansbrainのなかの“Audio over CAT5:Conventional counterparts”を参照されたい)。
簡単に知覚できてしまうような音声遅延はライブ演奏の場合には許されない。レコーディング環境でも許されない場合が多い。「知覚できる」とはどういうことだろうか。米Gibson社の社長兼最高経営責任者(CEO)のHenry
Juszkiewicz氏は、「大学の連中に言わせれば人間の目や耳、筋肉、脳は力を結集してピコ秒レベルの遅延を知覚できると言っているようだが、オーディオ技術者は、ネットワークのどのデータ区間でも起こる0.5msの遅延に対応に追われている。プロのミュージシャンが認識できる遅延(A-D変換やD-A変換、アナログおよびデジタルの処理アルゴリズムによる)はせいぜい2ms程度であり、一般聴衆であれば5ms以下の遅延すら知覚することは難しいにも関わらずだ」と述べている。(Brianのブログhttp://www.edn.com/briansbrainのなかの“Audio
over CAT5:Devide and conquer”を参照されたい)。
CobraNetのプロトコルは1つ以上のオーディオ・チャンネルを、サンプルのデータ長やサンプリング速度等の識別データとともにイーサネットのパケットと結合する。さらに、RS-232データをイーサネット経由で受け渡したり、ユーザー定義の制御データを含む一般的なイーサネット
パケットにより、制御情報を送ることも可能である。第一世代のCobraNet送受信モジュールは、FPGA(field programmable
gate array)に作り込んだデジタル・ロジックと、旧米Motorola社(現在の米Freescale社)のDSP(digital
signal processor)、アナログ回路からなる。第二世代のモジュールは、アナログ回路とデジタル回路を1つの「CS1810xx
ASIC」とCirrus社のDSPに統合した(2×2、8×8、または、16×16チャンネルのモジュールが入手可能である)。Cirrus社はまた、DSPを含む「CS4961xx」シリーズを2005年1月のコンシューマー・エレクトロニクス・ショー(Consumer
Electronics Show)に出品した。データ長、サンプリング速度、オーディオ・チャンネル数を多次元マトリクスでサポートしており、ユーザー・アプリケーションによって遅延時間が5.33ms、2.66ms、1.33msのモジュールをシリーズから選択できる。(Brianのブログhttp://www.edn.com/briansbrainのなかの“Audio
over CAT5:interesting lit and other bits”を参照されたい。ユーザー向けに、計算に使える同社のスプレッドシートをダウンロードできる)。
CobraNetは、48kHzと96kHzのサンプリング速度をサポートしているが、奇妙なことに、「Red Book Audio CD」が規定し、オーディオ周辺機器で一般的に採用されている標準のサンプリング速度44.1kHzとは異なる。また、32ビットのサンプリング・データ長にも対応しようとしている。同社のシニア・マーケティング・マネジャーを務めるDavid
Parker氏によると、CobraNetは東京ディズニーランドにも導入されており、ここでは、ギガビット規模の光ファイバーイーサネットをバックボーンとして250ノード分の100Mビットイーサネット送受信装置を結合しているという。この統合ネットワークは、照明や乗り物の制御、レジのPOS(point
of sales)端末、分散型およびライブのオーディオ放送に使用されている。「ディズニーランドは1年365日、休まず営業しており、どんなネットワーク障害も全施設の停止につながる」と同氏は言う。
「MaGIC」のチューンナップ
米Gibson社がギター/アンプ間およびギター/ミキサー間インターフェースのデジタル化を検討していた頃は、CobraNetを使用するためには、チャンネル毎に前払いの特許使用料を払う必要があった。特許使用料収入の構想も意思決定者の頭の中にあったのか、同社は独自の道を進み、「MaGIC(media-accelerated global information carrier)」を生み出した。同社のウェブサイトでは、よくある質問(FAQ)やフルスペック、その他の資料とともに、約10分間の「Windows Media」形式のビデオ映像を提供している。そのなかで、MaGICについて、家庭向けの制御、マルチメディア、および汎用データ通信プロトコルとしての大胆なビジョンを紹介している。しかし、同社が2001年にビデオを制作した後に、他社や業界標準化団体が現在支配的な家電市場向けのプロトコルを開発した。これには米Apple社の「Bonjour」、UPnP(universal Plug and Play)、米Microsoft社の「PlaysForSure」、「Windows Media Extenders」が含まれる。
それでもGibson社は、自社の手法が業務用、産業用、およびプロ用のオーディオ・セッティングでは利点があると信じている。MaGICは32チャンネルの32ビット双方向オーディオ通信をサンプリング速度192kHzで、100Mビットイーサネット上で提供している(チャンネル数の増加に伴って、サンプリング速度は低下する)。同社は、データおよび制御データの転送はMIDI(musical-instrument digital interface)の30〜3万倍速いと主張している。増設のケーブルはファントムパワーと自動クロック、ネットワーク同期を提供する。そして、MaGICのスペックではCAT5の100mの距離でのポイント・ツー・ポイント遅延が250μsである点を最大のセールスポイントとしている。 しかし、このような顕著な性能スペックは、イーサネットとの完全な互換性を犠牲にして得たものである。MaGICはIEEE802.3の物理レイヤーに準拠し、標準CATケーブルとRJ45コネクターを使用する(耐久性を高めた米Neutrik社のEtherConコネクターでもよい)。しかし、パケットの大きさが従来とは異なり、独自のMAC(media-access-control)を実装する必要がある。同社のウェブサイトのFAQには、「パケット・サイズはイーサネットのUDP(User Datagram Protocol)と同じである。自社のパケット・サイズと伝送速度は変わらないので、標準のイーサネットとは異なる。(中略)レイヤー2のMACレイヤーを経由している。データをパケットではなく、このレイヤーのフレームと見なしている。MACレイヤーの一部はソフトウエアに組み込める」とある*2)。
同社は、特許使用料が10年間無料のMaGICライセンスを、興味を持ったすべての団体に提供している。業界標準の接続手法として、このプロトコルの関心を高めたいと考えている。250米ドルのソフトウエア開発キットと、600米ドルの評価ボードを入手することができ、これらは、米Altera社および米Xilinx社のFPGAを対象として、CobraNet送受信機能をVHDL(VHSIC
Hardware Description Language)言語により実現するものである。Juszkiewicz氏は、大量用途で目標コストを達成するためには、最新のASIC(application
specific integrated circuits)による実現が必要と認める。さらに、将来、「ギガビットイーサネット」の伝送速度を目標としたCobraNetチップにMaGICのプロトコルをサポートする交渉をしているという(これについては、米Cirrus社は何もコメントしていない)。2002年末に生産されるはずだったデジタル・ギターはどこに行ったのだろう(Brianのブログhttp://www.edn.com/briansbrainのなかの“Audio
over CAT5:Hands-on jams”を参照されたい)。プロトタイプは数年前に存在したが、今、同社は、パートナー企業の開発による、MaGICの能力を反映した究極のピックアップ待ちの状態にある。この製品は、それぞれの弦を単独のオーディオ・チャンネルに対応させる機能を搭載しているという。